2008年11月16日

紅葉の名所「九年庵」

 九年庵は佐賀県出身の実業家で、貴族院議員も務めた伊丹弥太郎の旧別邸です。
 茅葺きの数寄屋建築で庭園は6800㎡あり、庭園内にはモミジなど約60種700本の樹木が植えてあります。
 現在は佐賀県が所有していて、平成7年に国の名勝に指定されてました。
 九年庵は年間に9日間しか開園されないため、開園期間の特に土、日、祭日の日は想像を絶する多くの見学者が訪れます。
 





◎佐賀新聞(2008/11/16)
 秋の景観美を堪能 「九年庵」一般公開

  紅葉の名所で知られる国の名勝「九年庵」(神埼市神埼町)の一般公開が15日始まった。初日は午後から雨模様だったが約6700人が来園。赤く色づき始めたモミジと庭園を覆う緑のコケが織りなす見事な景観美を堪能した。

 園内の色づき具合はまだら模様だが、山水画を思わせるたたずまいに来場者から感嘆の声も。長崎市から夫婦で訪れた会社員松尾俊一さん(48)は「葦葺(よしぶ)きの屋根越しに見る紅葉は見応えがあった。いい写真が撮れた」と話していた。

 23日まで公開し、開園時間は午前8時半から午後4時まで。美化協力金として高校生以上300円が必要。神埼町観光協会では「冷え込み具合にもよるが、20日前後が見ごろでは」としている。

【写真】色づき始めたモミジなどを楽しむ観光客=神埼市神埼町の九年庵(撮影・川南)   
Posted by 昏君 at 15:34Comments(2)TrackBack(0)佐賀県

2008年11月14日

おっ、仲間がいるぞ!

 国内でも有数のツルの越冬地である伊万里市東山代町の長浜干拓に、三羽の鶴が現れました。
 でもこれは本物ではありません。
 本物のツルの群れを誘うための「デコイ(囮)」です。
 2003年から設置されていて、それなりの効果は上げています。
 設置をした小学生たちは、多くのツルが越冬してくれる事を祈っているようですね。

   


◎佐賀新聞(2008/11/14)
 「飛んデコイ」小学生が誘いのツル模型

 伊万里市東山代町の国指定ツル越冬分散候補地・長浜干拓に13日、ツルの飛来を誘う実物大模型「デコイ」が設置された。東山代小5年生48人が、鹿児島県の出水平野へ向かうツルを呼び止めようと、マナヅルとナベヅルの親子各3体を置いた。

 デコイは強化プラスチック製で高さ最大1・3メートル。ツルの誘因効果を期待し、市が日本野鳥の会の協力を受けて2003年から設置している。同校児童は総合学習の一環で3年ほど前からツルを観察しており、昨年から設置作業にも参加している。

 長崎野生生物環境研究所の鴨川誠所長や日本野鳥の会メンバーらが指導。児童はデコイの台座を隠すための穴を掘った後、ツルが家族で餌をついばんでいるように成鳥と幼鳥を組み合わせて置き、切りわらなどで台座部分を隠した。山田葵さん(11)は「台座を固定する作業が大変だった。たくさん飛んできてほしい」と話した。

 市農山漁村整備課によると、昨季(昨年10月-今年3月)は360羽が飛来し、6羽が越冬した。今季は1日、ナベヅル1羽が飛来している。

【写真】飛来、越冬の増羽を願い、ツルの模型を設置する東山代小5年生=伊万里市東山代町の長浜干拓
     
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Posted by 昏君 at 18:25Comments(0)TrackBack(0)佐賀県

2008年11月09日

大坂城再建

 大坂城は1615年(元和元年)の大坂夏の陣で落城し、城は灰燼に帰した。
 その後1629年(寛永6年)に2代将軍徳川秀忠よって再建された。
 この再建工事の折に、豊臣氏の大坂城の石垣と堀を破却して、全体に数メートルの盛り土をした上により高く石垣を積んだので、豊臣大阪城の遺構は地中に埋められてしまった。
 江戸時代にはたびたび火災による損傷と修復を繰り返し、特に1665年(寛文5年)には落雷によって天守を焼失し、以後は天守を持たない城となりました。
 現在の天守は1931年(昭和6年)に復興されたもので、天主としては三代目です。
 
 天守閣には、こんな損傷と修復の歴史があるのですが、石垣は江戸時代のものです。
 その江戸時代の再建の時に石垣の材料を切り出したと思われる遺構が唐津で見つかり、話題を呼んでいます。
 こんなに遠くから運んでいたのですね。
 この当時の徳川幕府の権勢を感じさせる話ですね。






◎佐賀新聞(2008/11/07)
 浜玉で石切り場確認 大坂城再建時に搬出か

  唐津市浜玉町谷口の黒田山山頂で、江戸時代初期に城の石垣用の石材を切り出したとみられる石切り場跡を、唐津市教委が確認した。現場に残る石材は最大で20トン超と推定され、当時築城された城郭規模などから、徳川幕府による大坂城再建(1620―29年)の際、唐津藩初代藩主の寺沢広高が切り出した可能性が大きい。搬出道の跡も見つかり、石を切り出し、加工、搬出するまでの作業過程を一貫して確認できる全国初の遺構で、江戸初期の土木技術研究に大きな影響を与える資料になりそうだ。

巨石の存在が地元から寄せられ市教委が4月、調査に入った。確認された遺構は標高約190メートル地点に立地し「谷口石切丁場跡」と命名。石切り場の広さは約1000平方メートルで、花こう岩を切り出した直方体の石材(約4メートル×約1・5メートル×約1・4メートル)4個を確認した。辺の長さが異なり独特の反りをつけて加工してあるため城の石垣の角に使う「角石」とみられる。

 現場に露出する自然石や残された石片に「矢」と呼ばれる大型くさびを打ち込んだ跡があり、専門家が石切り場と判断。南西約800メートル離れた玉島川に向かう斜面の谷筋には、長さ約50メートルにわたるくぼみも確認。石材搬出用の「石曳(ひ)き道」とみられる。

 石切り場は各地にあるが、切り出しから搬出までを示す遺構が1カ所で確認できるのは全国初。市教委は「現場で石を細部まで仕上げている点でも前例がない」と重要性を強調する。

 現場に残る「矢」の跡は、最大で長さ約15メートル、幅約6センチと大型で、このサイズから江戸時代初期の石切り場と推測。時代的に寺沢家が所有していたとみられるが、石材は唐津城の石垣の約10倍もあり、市教委は「藩内で使われたものではない」と見る。

 一方、この時期は大坂夏の陣後、徳川幕府が諸大名に大坂城を再建させたころと重なる。寺沢家も工事に参加することで幕府への忠誠心を示しており、大坂城天守閣の跡部信主任学芸員は「そのような巨石を使うのは大坂城以外では考えにくい」と指摘する。さらに大分県竹田市に伝わる古文書にも、大坂城工事のために唐津で石を割った記述があることから、市教委は「寺沢家が唐津で角石を切り出し大坂城普請に使った可能性は大きい」と話している。

【写真上】辺の長さが異なり、独特の反りをつけて加工してある方形の石材=唐津市浜玉町谷口の黒田山山頂

【写真下】「矢」の跡が残り、石材を切り出したと見られる花こう岩の露頭=唐津市浜玉町谷口の黒田山山頂



  
Posted by 昏君 at 11:46Comments(0)TrackBack(0)佐賀県

2008年11月05日

公募型プロポーザル方式

 公募型プロポーザル方式とは、事業の提案を公募し、提出された提案書について、募集要項等であらかじめ示された評価基準に基づき審査を行い、最も優れていると認められる提案書の提出者と契約を締結する方式。最近は地方自治体でも多く採用された随意契約の一種です。
 この程、佐賀県東松浦郡玄海町次世代エネルギーパークにこの方式が採用されたした。
 
 玄海町には九州電力玄海原子力発電所が有り、4機の三菱重工製の加圧水型軽水炉が稼働しています。この原発の隣には総工費100億にも及ぶ、九州電力の玄海エネルギーパーク既に存在します。この施設は全て無料でエネルギーにつて学ぶ「エネルギー館」と、九州の文化関連を展示した「ふるさと館」を中心に多目的温室や子供が自由に遊べる広場等で構成されています。
 この周辺に新たに次世代エネルギーパークを建設する計画が持ち上がっています。次世代エネルギーパークは経済産業省が進める施策で、太陽光等の新エネルギー設備や体験施設等を整備し、新エネルギーをはじめとした次世代エネルギーについて実際に国民が見て触れる機会を増やすことを通じて地球環境と調和した将来の次世代エネルギーの在り方について国民の理解の増進を図ることを目的としたものです。


 流れとしてはこんな感じですが、問題は中身です。町民として、これによって地域活性化が進む事が願いですね。
 しかし、大きな利権が絡む計画です。情報公開を積極的に行い、透明度の高い公平な計画推進を強く望みたいですね。

玄海エネルギーパーク
  
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Posted by 昏君 at 08:45Comments(0)TrackBack(0)玄海町

2008年11月02日

検定で地域活性化

 最近は検定がブームのようです。どこの都道府県にも、何がしかの検定が存在します。有名な物、それ程でもない物、かなりの数が有るでしょうね。でも、たとえばそこにそこに今度旅行に行く、だからそこの情報を事前に知りたい場合、検定は手軽に楽しんで知識収集出来るツールです。しかし、目的の検定を探し出すのは結構大変です。
 そんな人のために全国の検定を一ヶ所で集中管理しようと言うプロジェクトが進行中です。電通、廣済堂、慶應義塾大学が中心になって進めている「ケンテイ!TV」がそれです。これは、単に外へ地域の情報を発信するだけでは無く、地域の人が地元を再発見するためのツールとしても使えそうです。そこから地域間のコミュニケーションの輪を広げていこ言うことらしいです。将来は「地域SNS」との連携も模索されています。  
Posted by 昏君 at 12:57Comments(0)TrackBack(0)日記

2008年11月01日

佐賀の若いクリエーター、頑張ってます!

 NHKで放映しているデジタルスタジアム10代クリエイター特集で、有田工業高校放送部の池田舞さんと西田藍子さんの作品が選ばれました。
 有田町は陶磁器の町として全国に知られていますが、映像クリエーティブの分野で高校としてはチョット有名です。
 この作品「YOSOWASHI(よそわし)」は佐賀の言葉で「気持ち悪」とか「汚い」と言う意味です。
 皮脂をテーマにしているのですが、普通なら絶対にテーマにならない物を、人の顔を使ってユーモラスに表現しています。
 面白いですね。

 この他にも多くの場所で評価されている有田工業の放送部のメンバーですが、女子ばかりと言うのが残念ですね。
 「男ン子はもっと、がんばらんばー」と言いたくなります(^_^;)

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佐賀新聞(2008/03/17)
 映像の公募展で相次ぎ入賞 有田工高放送部

 有田町の有田工業高校(織田良範校長)の放送部が、映像関連の公募展で相次いで入賞している。中村隆敏顧問は「昨夏の佐賀総体で動画配信を頑張った成果が出た。大きな励みになる」と喜んでいる。

 池田舞さんら6人の作品「A close friend」は第3回ミニシアターコンテスト(県主催)で優秀賞、第1回学生デジタルコンテスト(アップル社主催)で佳作となった。亡くなった友人が幽霊となってよみがえり、友情を確かめ合う内容だ。両コンテストとも2月に開かれた。

 昨年11月にあった第2回高校生映画コンクールでは、野中千尋さんら3人が作った「華のカケラ」が入選、西田藍子さんの「Please Call」が佳作に入った。友人の大切さ、携帯電話のメールが返ってこないいらだちをそれぞれ描く。

 「上には上がいる。もっと頑張りたい」と池田さん。野中さんと西田さんは「高校生にとって身近な話題を取り上げた。評価されてうれしい」と話した。

【写真】賞状やトロフィーを持つ(右から)西田さん、野中さん、池田さん=有田町の有田工
  
Posted by 昏君 at 10:09Comments(0)TrackBack(0)佐賀県